文芸部読切小説
『ことばの』浅尾伊澄・著

 姉は忙しく家には寝に帰ってくるのが常だった。母も夜勤の仕事があるため、私が一人で家にいるというシチュエーションは珍しいものではなくごく自然なものだった。
 姉は朝学校に行き、日付が変わったぐらいに帰ってくる。バイトが23時までらしく、家に着く頃にはその日は終わってしまうのだ。父は出張中だが、よく電話をかけてくる。そうしていつも父は私にこう言うのだ。寂しくないか?と。寂しくないと言えば寂しくないし、寂しいと言えば寂しい。特に最近は寒くて暖房をつけたくなるのだけれど、一人のリビングを暖める電力を考えると使うのが勿体無い気がして使えないでいる。
 父が毎日あんまりにも寂しくないかと聞いてくるためか最近は、寂しいと感じるようになってしまった。そこで何かこの気持ちを紛らわす何かがないだろうかと授業もそっちのけで考えてみた。
 そうして気付けば私は綺麗なお姉さんと一緒に外資系コーヒーチェーン店でお馴染みの店でラテを啜っていた。
「思ってたより幼い印象。制服可愛いね」
「ありがとうございます」
 断っておきたいがこれは出会い系サイトに登録したのではなく、ネットのチャットで知り合ったお姉さんとリアルで会おうという企画であって、私は出会い厨じゃない。どこずみ?何歳?LINEしてる?てか会える?なんて質問攻めにしていない。数週間前にチャットでなら人と会話できると考えて始めたのだ。そこで私は、お姉さんと意気投合し、話を重ねるうちに生活圏がとても近いことがわかったから、会うことにしたのだ。
しかし直接対峙すると緊張してうまく話せない。いつもは何を話してたっけ?
 いろんなことが頭に浮かんで破裂して真っ白になって浮かんでを何回か繰り返した。正直に告白すると私は人づきあいが下手だ。だからお姉が大学生になるまでは家族にもっとべったりで、母もその時は昼勤で、父も出張してなくて、寂しいなんて思ったことはなかったし、友達が少なくてもそれでよかった。
「今日は何をはなそっか?」
 なんだかセンチメンタルな気持ちになり始めていた私に、サチさんが言葉紡いでくれた。この言葉はいつもチャットで会った時、サチさんが始めにくれるもので、私はそのワードを見るとなんだか一人ぼっちじゃないと思えた。
 実際に音で聴くと、画面越しで感じるよりもずっと大きな安心を感じた。両手で握ったラテを一口飲んで私はサチさんと会うと決めた日にやりたかったことを提案する。
「公園に行きませんか?」

 駅の反対側にある公園で私とサチさんが対峙し、その間を白球が行き交う。
「なんでキャッチボールしようと思ったのー」
 サチさんからボールと一緒に声が投げられた。私はボールと言葉を受け止めて、ボールを握りなおして返した。
「サチさん、ソフトボールしてたって言ってたから」
 小学生の時、家族に対してさえ口下手だった私に父がコミュニケーションのツールとしてキャッチボールをしてくれた。娘にキャッチボールはないわーとか言いながらもお姉も一緒にしてくれたりで、私にとってこれは立派なコミュニケーションツールとして私を支えてくれるものとなっていた。だから上手く話せない時の為に用意しておいたのだ。
 白い息が二人の口から漏れ、ああ、冬だなぁなんて思う。サチさんは楽しんでくれているだろうか。それとも突然キャッチボールだなんて変な子だと思われたかもしれない。けど、それでも私は今この時間が楽しかった。
「ねぇ、楽しいね」
 サチさんのいたずらっ子のような笑みにつられて私も笑みがこぼれた。
 彼女の声は私と同じに弾んでいた。

ご案内

×印をクリックすると画面が閉じます。

シェア

龍谷大学新聞社トップページ 過去記事一覧 第616号(2015年12月号)